暗いニュース


【記事を参照】 
近年、いわゆる「繊細さん」と称される概念「HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)」を目にする機会が多くなった。

関連書籍は売れ行きもよく、自身がHSPであることを公表した芸能人には共感の声が集まっている。

生まれつき「非常に感受性が強く敏感な気質を持った人」という意味である。

そして最近は「繊細さん」といった通称の概念だ。
「とても敏感な人」や「敏感過ぎる人」で、統計的には約5人に1人があてはまる「気質」とされる。
精神障害や心の病気ではない点に注意が必要だ。

「生きづらさ」に関連する概念について振り返るとHSPが初めてではなく、アダルトチルドレンという概念があった。

時代ごとに「生きづらさ」を定義する概念は、都度マスコミなどのメディアに多く取り上げられ、適切・不適切双方の情報が入り交じり、拡散されていく傾向にある。

広く認知される一方で、批判や反発も生じてくる。
メディアで広く取り上げられた概念は、時間が経つと反発の意見も大きくなり、時と共にいわゆるブームが沈静化していく傾向にあるように思える。


「生きづらさ」に名前をつけることの効用
「生きづらさ」に関連する概念は、それぞれ定義は異なるけれども、時代ごとにトレンドといえるような形で変遷をしてきた。

現在はSNSなどを見ていると、自身でHSPと診断しているコメントをしばしば見かける。
安易な診断にわたしは懐疑的ではあるのだが、「生きづらさ」に名前をつけることにメリットもあると考える。

他人とは異なる「生きづらさ」があるにもかかわらず、自分はどういう状態なのかがわからない、訳がわからないという状態に、「これかもしれない」という見立てを得ることができる。

見立てる事で自分の「生きづらさ」に対する不安が減り、付き合い方が分かる人も多くいるのではないだろうか。

また、カウンセリングの基本だが、人間は他人に「共感」してほしいものである。「生きづらさ」への共感欲求も強いだろう。
こういった背景もあり、人々は繰り返し「生きづらさ」に適切な名付けをできる概念を求めてきたと考えられる。


【3つの注意喚起】
1点目
「HSP早期克服」「HSPはこれで治った!」のような謳い文句で、エビデンスレベルの低いメソッドに高い出費をしないよう気をつけることである。

2点目
HSPだと思い込んでしまい、治療が必要にもかかわらず医療機関を受診しないことである。発達障害の感覚過敏、社交不安症などの可能性もあり、これらの場合は医療的なアプローチをした方が治療的であり、本人にとっても良い。

3点目
HSPを免罪符、弁解に使わないことである。「自分はHSPだから仕方がない」と諦めたり、「HSPだから、社会が悪い」のような、他責的な思考パターンには陥ったりしないことが大切だ。こういった考え方になるのでは、自分自身によるHSPとの診断が、むしろ本人の自己成長を妨げ、幸福度を低くしてしまうと考える。


HSPは一定数の人から「求められている概念」とも個人的には考えている。
HSPということばに出会って、「安心した」「しっくりくる」「やっと生きやすくなった」と感じ、「生きづらさ」が軽くなるのならば、その人にとって良かったことだと思う。

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【一般の反応】
そうだよねぇ。いきづらい世の中で世知辛いよねぇ。逃げ場所 居場所が必要


私もですがこういうの広まっても生きやすくはならない。


気持ちわかるぞ。俺も日々生きづらいからな。他の人ってこんなに考える!?ってくらい常に何かに悩んでる頭の中がゴチャゴチャする


HSPは【自分軸】を持つと楽。嫌われるのを恐れるあまり、自分を犠牲にし他人を優先してる方多いです。誰かの意見が心に流れ込んできても、まずは『自分の意見を聞くこと』を意識すると、少しづつ周りにも言葉で伝えられるようになっていきます。


【筆者コメ】
メンタルの世界は本当に難しいですが、『生きやすさ』がトレンドになる日が来ることを願います。